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山形地方裁判所酒田支部 昭和63年(ヨ)47号 決定

申請人

太田健一

右訴訟代理人弁護士

佐藤欣哉

右同

縄田政幸

被申請人

医療法人清風会

右代表者理事長

池田康子

右訴訟代理人弁護士

丹羽鑛治

主文

一  申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有することを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し、金一三万四四五二円及び昭和六三年一〇月から本案判決確定まで毎月二五日限り金一二万六三〇三円を仮に支払え。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

主文同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  申請人の本件仮処分申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者及び本件雇用契約

(一) 被申請人は、肩書地に主たる事務所を置き、同所において精神病院「光ケ丘病院」を開設している医療法人である。

(二) 他方、申請人は、昭和五五年被申請人に雇用され(以下この雇用契約を「本件雇用契約」という。)、爾来右光ケ丘病院において准看護士として勤務していた労働者であり、かつ、被申請人の従業員で組織されている「清風会光ケ丘病院労働組合」(以下単に「病院労組」という。)の組合員であって、昭和六〇年九月の結成時からその執行委員長の地位にあるものである。

2  本件懲戒解雇

被申請人は、昭和六三年八月二九日、申請人に対し、「解雇通知書」と題する書面を交付することによって、申請人を懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件懲戒解雇」という。)をし、以後申請人が雇用契約上の権利を有することを争い、同月三〇日以降の賃金を支払わない。

3  賃金等の月額及びその支給日

(一) 申請人が被申請人から支払を受けていた賃金は、本件懲戒解雇前三か月の平均月額(被申請人において源泉徴収すべき所得税及び社会保険料相当額を含む。)で一二万六三〇三円であった。

(二) 被申請人の就業規則(その第四七条を承けて定められた賃金規定)によれば、賃金(基本給と諸手当から成る。)は毎月一日から末日までの分を当月二五日に支払うものとされている。

4  保全の必要性

申請人は、被申請人から支払われる賃金を収入源とする労働者であって、その賃金収入を主要な糧として妻及び二名の子とともに生活を営んでいるものであり、本件懲戒解雇によりその収入を断たれて以降その生活は破綻しているので、本案判決の確定を待っていては回復し難い著しい損害を被るおそれがある。

5  よって、申請人は被申請人に対し、本件雇用契約に基づき、その契約上の権利を有することを仮に定めるとともに、前記賃金等の月額に相当する金員の仮払を求める。

二  申請の理由に対する認否及び被申請人の主張

(申請の理由に対する認否)

1 申請の理由1ないし3の各事実はいずれも認める。

2 同4の事実のうち、申請人が妻及び二名の子とともに生活を営んでいることは認めるが、その余は否認する。

(被申請人の主張)

1 就業規則の定め

被申請人の就業規則には、別紙(一)記載のとおり服務及びこれに違反した場合の懲戒処分に関する規定が存する。

2 懲戒解雇事由たる事実

(一) 山形県議会議員松浦猛将(以下「松浦県議」という。)は、昭和六三年八月二五日、山形県議会厚生常任委員会において、大要別紙(二)記載のとおりの一一点を被申請人において生起した事実として指摘する発言をなしたが(以下これを「松浦発言」ということがある。)、右松浦発言は事実と相違し、虚偽・誇大・歪曲にわたるものであるところ、申請人は、これに先立ち、同県議に対し、殊更に事実と異なる情報を提供して右発言を教唆・慫慂し、あるいは、これに密接に協力し、又は、少なくとも申請人が首謀者として病院労組の組合員らと謀って情報提供等をなしたものである。

右松浦発言は、被申請人の所在する酒田市を含む山形県内の日刊新聞紙及びテレビ・ラジオ放送によって報道されたため、被申請人は、多数の関係者から事の真偽につき問い合わせを受けたり、疑惑を受けたりするなど多大の被害を被り、広く社会における名誉・信用を失墜させられた。

申請人は、自分自身がかかる所為を行ったものとして、又は、申請人が代表者を務めている病院労組の行った違法な組合活動につきその最高責任者として責任を負うべきであって、これが就業規則四五条7項、五六条15項、18項に該当することは明らかである。

(二) また、申請人は、昭和六〇年九月に病院労組が結成されて以来、多数回にわたり、組合活動に名を藉り、前記と同様に、虚偽・誇大な事実を市民に宣伝したり、労働基準監督署その他の行政機関に通告したり、新聞社・テレビ局等に情報を提供して報道させたり、また、特定の県議会議員や市議会議員に働き掛けて本会議や委員会の場において県・市当局への質疑に藉口して被申請人に対する批判・攻撃をさせるなどして、故意に被申請人の名誉・信用を失墜させる所為をなしたものであり、この間被申請人において、何度も申請人及び病院労組に対して適正な組合活動をするよう是正を求めたにもかかわらず、その態度に変わりはなく、かつ、文書による警告及び戒告をしたのに、前記就業規則に違反する行為を繰り返してきた。

三  被申請人の主張に対する認否及び申請人の反論

(被申請人の主張に対する認否)

1 被申請人の主張1の事実は認める。

2 同2の事実につき、(一)のうち松浦発言の内容は不知、その余は否認し、(二)の事実は否認する。

(申請人の反論)

1 仮に松浦県議が被申請人主張のとおり発言したとしても、それは同県議が県会議員たる職責に基づきその議会活動として自己の責任においてなしたものであって、これに関与したことをもって申請人の責任を問おうとするのであれば、申請人が松浦県議と共謀し、又は、同県議をして虚偽の発言をするよう仕向けたことが必要であるところ、そのような事実はないので、申請人を就業規則違反の非違行為をしたものということはできず、本件懲戒解雇は解雇権を濫用したものとして無効である。

2 本件懲戒解雇は、被申請人が病院労組及びその執行委員長である申請人の正当な組合活動を嫌悪してなされたものであり、不当労働行為として無効である。

四  申請人の反論に対する認否

申請人の反論1及び2の事実はいずれも否認する。

理由

第一被保全権利について

一  当事者及び本件雇用契約並びに懲戒解雇

申請の理由1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件懲戒解雇の効力

1  被申請人の主張1の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、懲戒解雇事由たる事実について判断する。

(一) まず(証拠略)によれば、松浦県議が、昭和六三年八月二五日開催の山形県議会厚生常任委員会において、県当局(山形県環境保健部)の被申請人に対する指導・監督を質す趣旨で、その表現の詳細はともかくとして大要別紙(二)記載のような諸点につき、これが被申請人において生起した事実として指摘する旨の発言したことが一応認められる。

そして、右各疎明資料によれば、松浦発言は、山形県内において発行されている新聞等のマスコミに取り上げられたことが一応認められ、これにより被申請人の名誉・信用が少なからず害されたであろうことは推測するに難くない。

ところで、右松浦発言は同県議が県議会議員としての職責に基づき、その議会活動としてなしたものであることは前掲各疎明資料によって明らかであるが、同県議がどのような調査活動の結果いかなる情報に基づき右のような指摘に及んだのかは詳らかでない。この点につき被申請人は、(1)申請人の従来からの行動、(2)松浦県議に右のごとき情報を伝えられる立場にいるのは申請人以外にはいないという情況、(3)他の従業員の供述によって、同県議に情報提供したのは申請人であると断定した旨主張する。しかしながら、右(1)については、確かに疎明によれば、申請人が執行委員長を務めている病院労組は結成直後から被申請人の医療体制について批判し、これを追及する内容の文書を多数発行したばかりでなく、県当局や労働基準監督署長等に対し行政機関としての監督権の行使及び指導を求めていたこと、松浦県議と同じ日本共産党に所属する小竹輝弥県議会議員も厚生常任委員会において被申請人の医療体制について質す趣旨の発言をしたことがあり、そのころ病院労組発行の文書に右委員会における追及発言についての記事が掲載されたことがあること、その他病院労組が被申請人追及のため一部報道機関や県議会議員等の協力を求めていることを窺わせる記事が労組発行の文書に掲載されたことがあることが一応認められるものの、今回の松浦発言との関連性については、右の諸事情を参酌しても松浦県議が調査する過程において申請人ないし病院労組が何らかの関与をした可能性を示唆するだけで、どのようにして関与したかを具体的に疎明するに足りる資料はなく、また、右(2)についても、申請人でなければ同県議に情報を伝えることができないとまでは疎明されておらず、更に、(3)他の従業員が被申請人による事情聴取に対していかなる根拠に基づき具体的にどのような供述をしているのか明らかでないので、結局、本件全証拠によっても、申請人ないし病院労組が松浦発言がなされるに先立ち同県議に対し情報提供してこれを教唆・慫慂したとかこれに密接に協力したことを疎明するに足りる証拠はないものといわなければならない。

(二) 次に、被申請人の主張2(二)の事由につき検討するに、それが本件懲戒解雇をなした当時、その処分理由としては従たるものに過ぎなかったことは(証拠略)(本件の解雇通知書)の記載に徴し明らかである上、(証拠略)によれば、被申請人は、本件懲戒解雇に先立ち、昭和六一年八月には従前の病院労組の言動に不適切・不穏当な点があったとして労組に謝罪文を提出させ、また、昭和六二年一一月から翌六三年八月にかけて多数回にわたり申請人に職場秩序紊乱行為や被申請人に対する誹謗・中傷の所為があったとして戒告や減給の処分を科していたことが一応認められ、これによれば被申請人としても松浦発言問題がなければ申請人や病院労組の言動については右の程度の処置で賄おうと考えていたと推認されるのであり、したがって、前記松浦発言への関与が疎明されない以上、それ以前の言動のみをもって懲戒解雇事由とすることは許されないというべきである。

(三) そうすると、本件懲戒解雇事由たる事実については疎明がないことに帰することになるので、右懲戒解雇は、就業規則の懲戒解雇条項の適用を誤ったものというべきであり、したがって、その余の点につき判断するまでもなく無効であるから、申請人は、被申請人に対し、本件雇用契約上の権利を有するものといわなければならない。

3  賃金請求権

申請の理由3の事実は当事者間に争いがない。

第二保全の必要性について

申請の理由4の事実のうち、申請人が妻及び二名の子とともに生活を営んでいることは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、申請人自身については被申請人から支払われる賃金を唯一の収入源とする賃金労働者であって、右収入を主要な糧として申請人の家族が生活しており、それを本件懲戒解雇によって断たれたため、以後その生活は破綻しており、本案判決の確定を待っていては回復し難い著しい損害を被るおそれがあることが一応認められる。

これによると、本件においては保全の必要性があるというべきである。

第三結論

以上の次第で、申請人の本件仮処分申請は、理由があるから保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 齋藤隆)

(一) 就業規則(抄)

第四五条(服務)

従業員は病院の定めた諸規定、諸手続及び上長の指示に従って自己の職務の遂行に努めなければならない。

7 病院の名誉信用を傷つける言動をしてはならない。

第五六条(懲戒)

従業員が次の各項の一に該当する行為のあった場合は懲戒処分にする。

15 病院の名誉を毀損した時。

18 悪意をもって病院を密告又は誣告した時。

第五八条(懲戒の種類)

病院は従業員が懲戒に該当する行為があったときは次のとおり懲戒する。

1 解雇 行政官庁の認定を受け即時解雇する。但し、認定を受けられないときは三〇日前に予告するかまたは三〇日分の平均賃金を支払って解雇する。

2 停職 期間三ケ月以内とする。

3 解職 役職を解任する。但し、本人に顕著な改善の努力もしくは功績があったときは解任以前の役職もしくはそれ以外の役職に復帰させることがある。

4 降職 役職を一階級下げる。但し、本人に顕著な改善の努力もしくは功績があったときは降職以前の役職に復帰させることがある。

5 減給 一回の減給を平均賃金の半日分以内とする。但し、一賃金支払期に二回以上の減給行為に及んでもその減給総額は当月支払給与の総額の一〇パーセント以下とする。

6 昇級延期 一定期間昇級を延期する。

7 戒告 (1) 始末書をとり将来を戒める。

(2) 戒告書を通知する。

但し、病院は前各号の懲戒に際し必要に応じ始末書をとる。

(二) 松浦発言(要旨)

〈1〉 光ケ丘病院では、三か月間で一四人も死亡しているのは医療が荒廃しているからだ。

〈2〉 看護婦から薬の間違いを指摘された医師が、「それなら好きな薬をとってくれ」と言ったということだ。

〈3〉 看護婦は指示された注射をするのが嫌だから、薬をダンボール箱二つ家に持ち帰った。

〈4〉 事務員が薬の指示をしている。診療しないで勝手に病名をつけられ投薬するケースもある。

〈5〉 診療らしいものを受けた患者は半分以下で、半分以上の患者は見捨てられている。

〈6〉 カルテや患者の記録を置いてない病棟があるので、看護婦が適切な看護ができない。

〈7〉 ある患者がレントゲン撮影の前に吐血したのに、撮影を強行したため、レントゲン室へ行く途中、吐血の血が固まってのどにつかえて窒息死した。これは重大な医療ミスだ。

定時処方と同じ薬が臨時処方に出るのはおかしい。また、臨時処方が一か月に二二七枚もあるのはおかしい。

〈8〉 医師と看護婦は話をしない。

〈9〉 当直医師がどこにいるのかわからない。看護婦が医師に直接連絡をとれない。

〈10〉 医師の資格のない池田理事長が医療内容にまで口出しし、介入している。

〈11〉 他にも指摘しつくせないほどの異常事態、医療荒廃が深刻に存在している。

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